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はじめに 1.きっかけ―そもそもの始まりは 1-1 アジアの土着建築の魅力―現代建築が忘れているもの 1-2 途上国の現実との遭遇―アジアで見た子供たちの実態 1-3 ネパールからの研修生ニプナ・シュレスタさんの書簡 2.ネパールに学校をつくる―AAFの考え方 2-1 ネパールへ―第一次視察隊 2-2 トリブヴァン大学ギャネンドラ・デヴコタさんのプロポーザル 2-3 フィリムの調査 2-4 基本設計―設計にあたって考えたこと 2-5 スケジュールとコスト 2-6 ネパールにおけるボランティアの実態 2-7 建設資金の調達―ネパール産パシュミナと寄付 2-8 草の根無償資金の申請 2-9 建設合意の締結 2-10 活動のPRツール 3.紆余曲折の建設過程―現地人との意識のギャップ 3-1 マオイストによる治安悪化―在ネパール日本大使館からの勧告 3-2 金銭感覚のギャップ 3-3 ヒマラヤの職人たち 3-4 いよいよ着工―待望の地鎮祭 3-5 工事中断 3-6 工事再開へ 3-7 学校ができることのPR 3-8 教師が足りない 3-9 日本からの家具の寄贈―現地への輸送のむずかしさ 3-10 新学期まであと三ヵ月 4.ネパールの自立と建築家の職能―計画を通じて相互に得たもの 4-1 松浦輝夫さんとの出合い―松浦育英基金の設立 4-2 ブッダ・プライマリー&セカンダリー・スクールの竣工そして開校 4-3 建設を通じて 4-4 二期工事へ向けて おわりに |