書評紹介
BOOKS
本書は20世紀を代表するミース・ファン・デル・ローエという建築家とその作品を手がかりに,私たち自身の近代を理解しようと
する,たいへん刺激的な本である。実際には実現されなかった構想や計画を含めて,当時の歴史的な状況の中に作品を置き直し,こ
れまでのミース論を批判的に参照することで浮かび上がるのは,どこまでも明晰に「建てること」を追求し続けた建築家ミースの姿
である。
ミースが生涯にわたって闘いを挑んでいた戦場とは「精神」の戦場であり,不可視な戦場であった。可視化されたものはむしろ,
そのような闘争の結果として残された痕跡にすぎない。彼が身を置いていたのは,人間には制御し切れない圧倒的な技術の力と,半
ば自己目的化した諸制度の合理化の時代であった。彼は,自らがそのような時代にいることをいったん承諾した上で,その本質を表
現するような「建てること」を目指した。
たとえば,彼がつくった私邸は可動式のガラスの壁で囲まれている。透明で動く仕切という微妙な仕掛けは,単に内部と外部をた
だ連続させるのではなく,解放性と閉鎖性を同時に実現するものであり,それは閉鎖/解法の制御で公/私の均衡を図ってきた市民
社会の論理を,その不安定さにおいて露呈させる。
また彼は,5万人収容のコンベンションホールを構想する際に,空間内にただ一本の柱が存在することも許さなかった。何もない
空間の,中心をもたない空虚さによって,そこで行われるであろう大統領選挙という民主主義の儀式から熱狂を奪い去り,そこに集
積するにはただの数に還元された選挙民にすぎないことを示唆したのである。
結局のところ,彼が闘った時代は未だに終わることなく,ミースの「建てること」もただその進展を遅れさせる効果しかなかった
のかもしれない。それにしても,私たちも同じ近代という時代にいるのであれば,彼の戦場に響く笑い声に,ニヒリズムの先に向か
おうとするユーモアに,耳を傾けてみる価値があるだろう。
御手洗 陽(メディア論)